電話が鳴る。
液晶を見つめるといつもの名前が表示されている。 神沙(かみざ)と。 彼女は私とは幼い頃の付き合いで家族ぐるみの関係性。 小さい頃は私の方が泣き虫だったのに、いつの間にか私が彼女の精神的逃げ場になっていた。 16から働いている私は、父を亡くし、環境の変化についていけず壊れた人間。 だけどどうにか薬と治療で誤魔化して、友人達にも秘密にしている。 深い関係にはならない、その方が人を傷つけなくて済むから。 それにこんなガラクタな自分を誰が受け入れてくれるのかと言う不安もあるんだ。 そんな見捨てられ不安な私が人の相談とアドバイスをしているのだから、笑ってしまうよね。 「美茄冬(みなと)いつも思うのだけど強いよね」 「何がや?」 「あんな環境の中で生きて、どうしてそんな真っすぐ生きれるの?」 「私は鋼鉄やからなぁ。簡単にゃ崩れたりせんよ」 ほらまたそうやって『嘘』を吐く。 すぐ壊れてしまう癖に、いつまで『まとも』で生きていけるのか不安な癖に。 こうやって相手を安心させる為に『優しい嘘』を吐くんだ。 (いつか私が消えても、悲しまぬように、強くなれよ神沙) そんな事を思いながら、泣いて止まらない神沙の頭をポンポンと優しく撫で 「大丈夫だ、私が傍にいるから」 そうやって相談を聞きながら、落ち着かすのが私の役目でもあるし。 友人だからこそ、特別だからこそ、ここまで出来るんだと思うぞ? 本当の事は何も知らなくていい。 これは私の優しさだ。 人によっては残酷な『優しさ』かもしれないけれど これが私の選択なのだから。 神沙…いつもありがとう。 4 暗闇の中であたしとあの子は二人で海を見ている。ここが二人の唯一凹める場所でもあり、癒しの場所でもあるから、定期的にこの海岸へと車で向かう。あたしの名前はまゆ。彼女の名前はりい。もう20年以上の付き合いのあたし達は、家族ぐるみの付き合いで、なんとなく関係が続いている。最近は二人共別々の道を選び、連絡も取らないように、程よい距離感で過ごしている。 これは昔話になるのかもしれないけど、あたしの中では彼女は親友に近くて、遠い存在。それはりいの方からも言われた事があった。互いの環境は特殊でお互い泣く事も多かったが、あたしの抱え込む苦しみと、彼女の苦しみのふり幅が凄くて、彼女にあたしの全てを語る事が出来なかった。泣きながら『どうしたらいい?』と聞いてくる彼女を慰めるのがあたしの役割であり、傍にいて支えたいと思う友人の一人。それも特別な…… あたしが泣いて、不安にさせる訳にはいかない。波乱万丈だと周りから言われる人生を語るのはりいを巻き込む事にもなるし、大切だからこそ隠していたのかもしれない。 今思えばだけど── 「まゆはどうしてあたしに心を開いてくれないの?あたしはこんなに開いているのに」 そう言われる度に、トラウマと共に胸の奥に大きな傷跡が浮かび上がりながら、泣きそうになる。言葉で示さないと大切なんて伝わらないのに、その一言を呟く『勇気』すら、あの時のあたしにはなかった。だから何も言えなかった。言いたくないと言う弱さもあったんだと思うんだ。 「あたしの人生を語るよりも、りいの傷を癒したい……ただそれだけだ」 そう誤魔化す自分が卑怯な生物のように醜くて、脆くて、泣きそうな自分を一生懸命隠す方法しか分からない。そうやって時は流れ10年の月日が経ちながら、違う関係性に変わっていく。プラスの意味ではいい関係性になれる、戻れる最後のチャンスだったかもしれないけれど、あたしは彼女の言葉にみみを貸す事もなく、夜の海にずっぽりはまっていく。 あの男を選ばなければ彼女との友人としての関係は続いていたのかもしれない。 久しぶりに海を見た。あたしが住む場所は海に囲まれた大陸だ。狭くもあり、自然に囲まれている環境は自由で、優雅でもあるが、寂しさが漂う。あの時、泣きながら、海に抱かれながら、共に時間を共有した友人としての二人はもういない。 「久しぶりに遊びたいね」 「今別の県にいるんだ」 「タイミング悪いね……」 全てはあたしの選択ミスなのかもしれないけれど、またいつか、君に会いにいくよ。 その一言を伝えれないあたしはただの泣き虫で芋虫なんだ。◻︎コーヒー④ 笑顔って大事だよね。こういう居場所って大切な空間だよね。ユミがどうしてこの店にこだわるのか分かった気がした。最初はダンディーなマスターの話を聞き、なんだとぉ!俺と言う存在がありながらとか思ってたけど。実際関わると凄く落ち着いてて、人間的に深みのある人なんだと感じたよ。 俺は音をたてながら淹れられたコーヒーを早く飲みたくて、飲みたくて、待ち遠しい。 まるで子供の時に戦隊モノのアニメを見ていた時と同じような興奮作用。 まだ飲んでないし、匂いしか嗅いでいないから、コーヒーが原因ではないぞ。うん……多分。 『はい。お待たせしました』 そう言いながらカウンターに置かれるコーヒー。値段も安く、低価格。そして飲めない人間も飲めるように変えてしまう魔法を持っている魔法使いの生まれ変わり。 なんか妄想の中でファンタジーになっている気がするが、あくまで俺の趣味だから勘弁してくれ。 心の呟きは囁き声に変わり、リアルと連動し、言葉を声にしていく。 『ふふふ。心の声が出てますよ』「あっ……ちゃうんすよ。これは」 『楽しい方ですね。本当に人間的に興味を抱きました』「あ……ありがとうございます」 ストレートな表現にも柔らかさがある物の言い方。この人接客の|いろは《・・・》をきちんと理解している人のようだ。どんな職種でも完璧にこなせそうな気がする。 そういや副業してたっていうてたな。何の仕事なんだろうか? 自分とマスターの会話を思い出しながら、辿っていくんだ。どんな些細な情報でもいい。少しでも近づきたいと憧れた。って、俺、男じゃんか。なんだこの、始まりの恋みたいなシチュエーションは……。悪いけど。俺にはユミと言う大切な人が、心のオアシスがいるんだ。だからこの気持ち、愛を受け取る事は出来ない。 受け取ってしまったら未知の世界がっ…… ――すみません
◻︎コーヒー② 『どうしたの?なんか変だよ?顔赤くない?』 ユミの笑顔につられてニヤけてるなんて言える訳ない。そんな事恥ずかしくて言葉にも出来ないから、そっと心を隠すように顔を背けた。 『なんで目を合わせてくれないの?あたし何かした?意地悪しすぎたかな?』 いやいや、お前の意地悪なんていつもの事で楽しみながら見つめてるし、観察してる。簡単に言えばビーバーの生体記録と同じだ。小学生の時に読んだ教科書の内容を思い出していると、何故かユミとビーバーがドッキングしている。 いつもこうだ。照れちゃうとさ、脳内回路がやばくなるんだよ。変態な方にいくと言うか、なんつーか。 言葉が出てこないけど、言える事はただ一つ。 不安がるユミも可愛いってことだ。 あー、もう、と頭を掻きながら、真っ赤になっている顔で、瞳で、彼女を見つめ呟いた。「お前が可愛すぎるんだよ」 なんでこんな事言ってんの?それも店で。店主だって見てて、ニヤニヤしてるじゃねぇか。 微笑ましい光景を見つめて、ダンディーな雰囲気を醸し出している。 なんだろう。俺も大人なのに、負けている気がするのは気のせいだろうか。 よく分からないけど、こういう日常の一コマ一コマが幸せで、幸福で、笑顔で、そして愛情の欠片なのかもしれない。沢山のプラスの感情も、マイナスの感情も全て含んで人は宝石になっていくんだろうな。 こういう空間もいいなって思った。そんな俺を見かねてユミが耳元で囁く。 『恥ずかしいから。そういうの大きな声で言うのやめてくれない?告白してる訳じゃないんだから』「え(は?)」 珍しくモジモジしながら照れてるユミがいる。女の子らしく、可愛らしく、萌えるよな。男なら確実に。俺はおねぇじゃねぇから萌え萌えの萌えに決まってるだろうが。 『早く決めようよ。マスター待ってるし。恥ずかしい』 大人しいユミをからかう準備は出来ている。俺はユ
◻︎漫才 あたしはツッコミ役になりたいと切実に思う、高校生……。 うん、高校生なのよ、まだ15だもん。制服も家のタンスにあるし、教科書も家に保管してる。使ってなくても、着ていなくても、女子高生なのよ。 毎日|姑《しゅうとめ》に小言言われて、ひるんでいる主婦じゃないから、勘違いしないでマジで! 教科書はある意味『ハリセン』のかわりなの。あれは勉強をする道具じゃなくて、違う使い道があるのよ。あたしに勉強と言う二文字はないんだからね。 ――ん?二文字だっけ。漢字は二つ。読み仮名は五つ。あれれ? まぁ、そんな事は忘れとこう。そんなの大した事でもないし、日本語が読めるから大丈夫、大丈夫。 うん……大丈夫。この前『あんたの言葉は意味不明』とか言われてたなんて誰も知らないから、|まだ《・・》大丈夫なんよね。 これは心の呟きだから、誰にも見られていない。バレていないから平気だし。 タフで純粋なハートがあるから。自信満々。 今日もサボリ、明日も明後日も……永遠に! あたしはいつもの河原に来て、さっさと制服を脱ぎ捨てる。下には私服着ているし、スカートは制服ので上等。ばれないって。上着がどうにかなりゃ、いいわけよ。あたしって天才じゃない?「あー楽。制服って好かんわ。堅苦しい」 はーい。次にいらないものは何でしょうか。「これいらない」 靴よ靴。学校の靴なんて嫌なの。やっぱさスニーカーでしょ。楽だもん。それにスニーカーを選ぶのに一番大切で重要な事があるのよ。それはね……。 お前学校はとか指導員の先生に遭遇した時にダッシュして逃げれるし、何かトラブルの時にまけれる。ヒールとかだと本気で走れないし、やばくなったら裸足で走らないといけなくなる。 それならば、回避するしかないでしょうに。どんな相手だろうが構わない。あたしは全力で逃亡出来る自信があるの。家族にそう言うとさ、あんた馬鹿じゃないの?そんな事考えてるから半年もしないうちに卒業
◻︎最後のプレゼント もう一度会いたいと言われた。あたしは会うつもりなんて更々ない。なかったはずなのに、連絡のやり取りの中で上手く誘導されながら会う事になってしまった。でも、ここで会ってケリをつけるのが一番きれいかもしれない。そう思ったの。それが一番二人の為だとも感じてた。 凄い連絡量だったのを覚えている。あれは私が18の時の事だった。彼の名前はカイ。元々何の接点もなくて、ふとした縁の絡みが関係性を築いたものだと思う。 何も考えていなかったあたしはいつものようにフランクに人と関わろうとする。勿論男性も女性もだ。 どちらかと言うと男友達よりも女友達の方が多いんだよね。女性を優先してしまう所があって。得に仲良ければいい程。特別扱いしてしまう自分がいるんだよ。 重たい足取りで彼との待ち合わせ場所に行くと、そこに彼の車が止まっている。 ――ドクン 過呼吸にも近い苦しさと心臓の深い音があたしを少しずつ不安の色へと染め上げる。あたしは右手を心臓付近へと伸ばし、覚悟を決めたかのように拳に力を入れる。 大丈夫、大丈夫、あたしは強いから……。 そうやって自己暗示をかけるしか方法を知らない。そうしないと安定も安心もしない。額には少しずつ冷や汗が溢れてくる。足はカクカク震えながら、それでも勇気を振り絞りながら、近づいていく。 コツコツと向かう足音が あたしの不安を消すように 地面へと感情を捨てていく 彼への想いを 彼への願いを 彼との思い出の数々を。 色々な事を考えていると、あっと言う間に彼の車の前に突っ立ってた。 不安そうなあたしを見かねた彼が車から降りてきて一言囁く。 『大丈夫か?さおり』「……」 言葉なんて出ない。何も浮かんでこないの。 彼はふふっと微笑みながら震えるあたしを抱きしめる。
◻︎逃亡③ 逃げても逃げても君は追いかけてくる。どうやって、まいてもすんなりとあたしの姿を捉える貴方は探偵みたい。少しの情報だけで、あたしを簡単に見つける事が出来る。有能な探偵。あたしは逃げまどいながら、表面では、あら見つかってしまったのね、なんて微笑みながら余裕の態度を見せつけ、威嚇する。そうやって威嚇する事で、相手の内面と性格、そして人間関係の作り方、長所と短所、全てを把握する為に挑発するの。それにのっかかってくれば『ボロ』が出るのが人間。そうやって色々な情報を集めながら、あたしは繋がりを把握していく。 貴方は『本当』のあたしを見つける事は出来ないよ。心の中の言葉と口の言葉では若干違うのが現実。それでも、心の呟きと頭脳の呟きを混ぜながら、曖昧な自分を自らが作り上げ、自分と言うブランドを確立していく。 『琥珀が何を考えているのか分からない』 |弥生《やよい》は時々あたしに本心を漏らしてしまう。それは弱さに繋がり、あたしの心を支えれるのか微妙なラインなのにね。反対に言えば心を開いてくれてる。そして違う目線で言えば10年以上の付き合いなのに、それだけしか心を開けないと言う事にもなる。 まぁ、あたしが弥生を責めれる立場ではないんだけどね。弥生は優しい、あたしの心の奥底に獣が住み着いてて、破壊を望みながら『ある計画』を進めようとしているのにもきっと気づいている。止められない、止まらない、止めようがない。無力な自分を責めている弥生の姿が浮かんでくる。 10年以上の付き合いがあるのに、本当の自分を出せれてないのはあたしの方。抱え込むだけ抱え込んで、そして蒸発する。空気に混ざりながら、溶けてなくなるように、姿を消すの。 怖いんだと思うよ。旅人のあたしが急に昔みたいに『いなくなる』んじゃないか、ってさ。 ――大丈夫だよ。 心の中ではそう呟くけど、言葉では違う。また違う言葉を作り出しながら、闇の闇。心の獣のいる場所まで堕ちて、染まろうとする。 意識がふわりとして心地いい。この空間はあたしとそして獣だけももの。他の誰も入り込めない空間なのだから。
◻︎オセロ 彼女を見つめていると眩しくて悲しくなる 僕には届かない 僕に届く訳がないと思うから 思い込みかもしれないけれど それが僕の中の真実であり『答え』そのもの あなたを見つめていると嬉しくなる 私を理解してくれるんだって…… 愛してくれるんだって…… 私を独りにしないんだって…… まるで正反対 オセロみたい 黒と白 二つが交わりながら 新しく生まれ変わる感情 見つめて見つけて 漂いながらも夢を見る。 光と闇の夢を。 回転するのはオセロ 表裏一体な二人のように…… ◻︎逃亡① 楽しい人が好きだ。何故かって?一緒にいて笑いが絶えないからだ。 厳しい人が好きだ。どうしてかな?自分の意見を持っているから。 喜怒哀楽を大切にする人が好きだ。何故だか安心する。詩人みたいだから。 あたしはあたしが嫌いだ。聞きたい?逃亡するから。 好きとかよく分からなかった。だけどいつも目で追っていたのは事実なんだ。気付かない振りをしていた。気付きたくないと思いながらでも、少しだけ、少しだけでいいからと夢を見ていた。手を伸ばせば届くはずなのに、伸ばす勇気がないあたしは、|微睡《まどろ》んでいるだけ。それしか出来ないの。どうしていいのか分からないから。動き方をしらないから。何も行動を起こす事が出来ない。 そう思ってた。それはあくまで思い込みに近いものの形。 心はいびつな形をしている。人は完璧じゃないからこそ、少しずついびつな形を滑らかにしていく。人生の中で何も